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最後まで

昨日は夕方までかなり楽しかった。
ばば、ありがとう☆
きしきょう、朋子と4人ではしゃいだ♪


とっても楽しかったので、
落ち着いたら詳しく書きます。




よんでくれている人がいるのに、こんなことを書いてしまって申し訳ないですが。
忘れたくないので今思うことを少しだけ。












昨日、夜突然の電話。
急いで病院の向かったけど、間に合わなかった。

7年間、みんなが頑張ったと思う。
もちろん祖父自身が一番頑張っていた。


祖父は、とてもカッコいい人だった。
祖母以外の家族に会うときでもいつでも、
ちゃんとした格好で、少しも気を抜くことなく。
いつでも凛としていた。

小さなころ、そんな祖父に気軽に
「おじいちゃん!」
なんて言えない雰囲気を感じていた。



入院中も、
いつも難しい本を読み、
辞書片手にフランス語の本を読み、
英語や仏語の本を翻訳していた。
歳をとっても、いつまでも勉強熱心だった。
最後まで。


話している内容も
いっつも難しくて、横文字多くてよくわかんない。
そんな祖父だった。

私が大学に入ったことを、とびあがって喜んでくれた。
政治学科に入った私に、
自分も大学で同じ政治学専攻だった祖父は、
政治の話をしてくれた。
難しくて正直ほとんど分からなかったけど。


どんなに身体が辛くても、
私たち家族にも、看護婦さんにも弱音はくことなく。
とても強い人だったと思う。


先週お見舞いに行った時、
あれが最後になってしまったけれど、
就活中の私に、会話の中でおもむろに言った。
「社会を反対にすると会社だからね。」
どういう意味なのか今の私にはわからない。
けれど、
あの祖父のことだから、
何か深い、大きな意味があるのだと思う。
その意味を、いつか私は分かるのだろうか?


医者に真実を伝えられても、
崩れることなく、
そのしっかりとしすぎる態度を貫いた祖父。
でも、やはりつらかったのだろう、
最後にいつもはそんなこと言わないのに、
「正月は帰れなそうだけど、また来てね。」
と言っていた。



いつも転勤で東京を離れていた父は、
最後にもまた傍にいれなかったことを、
悔やんでいた。
電話で状況を伝えていたとき、
いつも、どんなときも冗談をいっている父が、
ふと漏らしたとき、
溢れるものがあった。











最後まで、
ホントに最後の最後まで、
凛とした、
そして紳士であった、
そんなプライドの高い祖父を誇りに思う。

ありがとう。

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